目映い陽だまりの中に、照らされてるからか、いやいや若い緑が萌え出てこその発色。弾けるような明るい緑の新芽や若葉が、生け垣の縁や立ち木の梢などなどへ目につく頃合いになって来た。
「ゴールデンウィークも試合はあるんだろ?」
「まあな。けど、週末以外のが1つ増える程度のもんだ。」
以前にも触れたことがある話題。GWだからと開催されるスポーツイベントは他にだって目白押しだろうから、ゲームとその観戦に必要な、それなりの広さや設備のあるスタジアムを試合数分確保するのは実質的に無理な話。それに春の試合は、協会も把握する公式のものではありながら、リーグ内の順位に響くような“星取り戦”じゃあない。
「どっちかってぇと、
今年のシフトをどう仕上げるかとか、連携の相性はどうだろかってのを試したり、
よそのチームはどんな新顔が入ったんだろなっていうのを偵察したり。
どっちにしたって“様子見”って傾向が強いからなぁ。」
などなどと、言わずもがなな見解を並べる葉柱であり。それでなくとも…野球やサッカーほど裾野が広くはないからという余裕の采配っていうのじゃあなく、連日の試合は無理だろうハードなスポーツ。よって、そのくらいのペースがむしろ丁度いい。そんな“アメリカン・フットボール”の大学リーグに籍を置いての注目株。経験値を増やすほどに、実力はその倍ほども上がるダークホースとして名を馳せつつある、賊学大フリル・ド・リザード。そんなチームへ、一回生として入ってすぐに主将となった、チームの牽引力と推進力の要たる存在。高等部時代からも人望厚い総帥だったそのまんま、結束堅い仲間と共に驀進中の、型破りチームの筆頭でもある葉柱が。だが今は、ちょいとそっちの精悍なお顔をお休みにし、小さなお友達との新緑デート中。
いや…正確に言うと
小柄な少年が えいと反動つけて振り出した腕の先。白くて小さな手が宙へと放った、プラスティックのフライングディスクが、新緑が映える青空に弧を描き、風を切って飛んでゆき、
「それっ。」
伸びやかな声が放たれたと同時、小さな影が芝草の上を矢のように駆ける。手入れの行き届いた絹糸のような毛並みをふさふさとなびかせて。四肢の連動もなめらかに、たかたかとそれは軽快に、飛ぶようにとは正にこのこと、弾むように駆けてゆくのは一頭の仔犬。お鼻の尖った“キツネ型”の顔立ちに、三角のお耳をピンと立て、その身をマリのように跳ねさせ、悠然と駆ける姿は小さな獅子のような彼こそは、
「あうっ!」
「キングっ、偉いぞっ!」
ジャンプ一番、宙空にてディスクをきっちり咥えた勘のよさも素晴らしい、小さな体で、でもでも実は、広い草原で羊の大群を制御して回る牧羊犬。切れある動作も凛々しい、シェットランド・シープドッグのキングちゃんとのトリプルデートだったりし。
「よ〜し、凄いぞキング。飛距離 更新だvv」
「あうんっ♪」
お顔の幅より大きなディスクを咥えたまんま、坊やのところへ褒めて褒めてと駆け戻って来た小さな旋風。手足や胸元の、純白の毛並みの健康そうな柔らかさも。ところどころにアクセントとして濃茶の混じる、耳やお顔や、たてがみみたいに背中や尻尾を覆う褐色の毛並みも。ごくごく普通のご家庭のシェルティちゃんより、格段に手間暇かけての手入れをされてることがありあり判る、何とも上等な風貌であり、お行儀のいい姿勢だったりし。しかも、単なるお上品な座敷犬なんかじゃあない。運動量がたいそう多い、小学生の妖一坊やと仲良しで。小さな台風に例えられもするほどに、どんなにはしゃいでも駆け回っても なかなか疲れぬ坊や。“遊んで遊んで♪”とまとわりついて、思う存分 応じてもらえるものだから、駆け足も鍛えられ、愛嬌のある甘えようをも身につけられての一石二鳥。早駆け足やポージングを競う種の、愛犬コンテストでも結構いい成績を出せるその上、様々な障害物をクリアして飼い主と共にフィールドを駆ける競技では、地区予選ながら優勝したこともあるほどというから物凄く。そんな溌剌ボーイを、今日はお外の緑地公園まで連れ出した妖一坊や。葉柱さんチのお庭だって、結構な広さがあるものを、何でかは知らぬが…早々とGWに入っているものか、お弁当持参の親子連れも見受けられるような、したたるような緑とツツジやサクラソウの花壇が売りの、一般の行楽客もあちこちに見受けられるよなところへまで、わざわざ連れ出してのこの遊びよう。
「じゃあ今度は背面斜め投げだぞ?
後ろ向いて投げるけど、ディスクは向こうに飛ぶからな?」
「あうっ!」
公園の中ほどに開けた ずんと広い原っぱ、そういう遊びをしちゃあいけないとされている場所じゃあない。子供の投げようだから、思いっきりと言ってもそうそう遠くまでは飛ばないし。よく躾けられていて、坊やの元へ一目散に駆け戻るわんこは、他の人へとよそ見をしの、そっちへ逸れてって徒にじゃれつくこともないお行儀のよさだったので。見物するには丁度いい、何とも楽しいエキシビジョンのようなもの。
「すごいねぇ♪」
「わんわん、かーいいvv」
親子連れの小さな子供なぞは、キャッチするたび小さな手をぱちぱちと叩いてくれており。親御さんは親御さんで、
「…可愛い子よね。」
「そうよねぇ。」
まあ、ウチの○○君には敵わないけど…などと内心では思いつつ、それでも 見てそうとしか思えぬレベルの愛らしさには、ついつい視線も向くもというもの。仔犬の毛並みにも負けてない、軽やかな金の髪を ひらひらとなびかせたり、ふわりとあそばせたりしつつ、そぉれっとディスクを放る肢体の、何とも可憐でしなやかなことか。春もののカーディガンに包まれた細っこい腕や、デニム地のショートパンツから伸びる脚は、女の子と言っても十分通りそうなほど。ほっそりしているその上に、引っ掻いたり掻き毟ったりしたような擦り傷の跡なぞ、一つも見受けられない真っ白さ。しかもしかもお顔がまた可愛らしい。ぱっちり大きな瞳は、髪の金色が染めたものではないことを示唆するような金茶のそれで。つんとした細い小鼻の すぐ真下にほころぶ口許がまた、きゅうと引きしまって表情豊かなものだから。
「きっと子役かモデルさんなのよ。」
「そういや、CMか何かで観たことが…。」
そんなひそひそ声が聞こえたのへは、少々離れた辺りで荷物の番をしつつも見物に回っていた保護者のお兄さんが、
“それはないない。”
ちょっぴりしょっぱそうな顔になるばかり。確かに…イケメン・アイドルとして有名人の、桜庭春人と縁のある子で、彼の写真集やカレンダーなどには引っ張り出されてもいるらしかったが、それ以外のメディアへの露出はしていない。だのにそうと思えてしまうのは、妖一くんが妙にあか抜けているからで。人の眸というもの、意識してないといや してないが、している時も多々あるという、何ともややこしい子であり。大人が微笑ましいわねぇと思うような子供というもの、演じて見せる悪い癖がついて久しいもんだから。もうそんな必要はないはずだのに、ついつい名残りが出てしまう。
『食い物を買うときなんかは、凄げぇ有効だしな。』
そんな言いようをしているところは、さして悲壮な代物じゃあないのだけれど。こんな小さい子が、いかにも巧みに態度の使い分けなんぞ こなしていたその背景。もしも知ったら誰だって、言葉を無くすに違いなく。そんな事情の元凶がやっとのこと戻って来てくれての、今度こそは伸び伸びと。年齢相応のはしゃぎよう、たっぷり見せてくれりゃあそれに越したことはないぞと。彼のごくごく間近い周囲の誰もが、やっぱりほのぼのと見守っている坊やなのだが……。
「それにしても。何でまた、こんなところでの練習なんだ?」
くどいようだが、このシェルティちゃん、足元や口許などという…どうしたって使うだろう、汚すだろう部位に限っても、白いところに染みひとつないくらいの毛並みのお手入れの素晴らしさ。それが頷けるような、一種 エグゼクティブな境遇で飼われている“お坊ちゃまわんこ”であり。
「フリスビーの練習くらい…。」
「ルイ、今は“フライング・ディスク”ってゆうんだぞ?」
固有の個人名なのか、それとも判りにくいからか、今時は後者の方が通りがいい。そこをすかさずチェックする坊やなのへ、恐持てなお顔のその眉を“むむう”と寄せてから、
「…フライング・ディスクの練習くらい、ウチででも出来っだろに。」
何たって、お兄さんの実家は代々当主が都議を務める政治家一家だ。なにも政治家イコール 土地の名士だの財産家だのという順番でなきゃならなくはないけれど。様々な活動に必要な資金もいるし、何かあった支持者の方々への救済に、すぐさま乗り出せるだけの盤石な足場に出来る蓄えというもの、それなりに持ち合わせていたお家の名残り。結構なお屋敷に住まわっておいでなものだから。そこのお庭で十分遊べようにと感じておいでだったらしいのだが、
「それがそうもいかねぇんだな。」
天使のような風貌の、金絲束ねた柔らかそうな髪を初夏の風に遊ばせながら。愛くるしいお顔の前にて立てた人差し指を、ちっちっちっとワイパーのように振って見せる妖一くん。
「今度の市民フェスティバルで“愛犬と一緒コンテスト”っていうのがあるんだ。」
そう。ここ泥門市では、市と泥門ケーブルテレビが主催するお祭り騒ぎがGWの後半の数日間を使って毎年催されており。そもそもはフリーマーケットが主体だったものが、それが発展してのチャリティーオークションに展示会、それへの人出を見越した屋台や出店は、近年では企業ベースのものまでが、協賛を兼ねての軒を連ねるようになり。今や 会場からの生放送ですという、全国ネット番組の取材もあるほどの盛況ぶり。その中で行われる様々なイベントの中、地元テレビ局の番宣を兼ねた番組収録も名物の1つとなっており。
「ああ、ペット何とかって番組の?」
ここいらオンリーというエリア限定局の番組だったのだけれども。ブログや動画配信サービスでペットの可愛い画像が話題になったのを特集したのが切っ掛けで、視聴率は結構なもの。そこが主催するペット参加の催しがあるらしく、喉が渇いたと戻って来た愛らしいチビさんコンビへ、ほれと ステンレスポットに入れて来たスポーツドリンクを差し出してやれば。わんこ用の水入れへも分けてやりつつ、自分も小さなカップにつぎ分け、見た目だけならホントにお揃い、愛くるしくってしょうがない一人と一匹が、はうという溜息つきで美味しいジュースに一息ついて。
「その番組の収録があってよ。その中の大会にキングと出るんだ。」
「…ほほぉ。」
種目は色々あるのだけれど、待て(おあずけ)競争や特技をご披露というコーナーものは地味だからとあっさり見切り、
「フライングディスク競争に出ることンなったvv」
「…その言い方だと、一次審査は通ったんだな。」
ちなみに、送った写真の中、小さなシェルティくんにそれはそれは嬉しそうに両腕で抱き着いていた愛らしい坊やの図が、女性審査員全員のハートを射止めた結果だったのは、言うまでもないおまけである。(苦笑)
「何せフェスティバル会場の中に広場作ってって設定でやる大会だからさ、
人が周りに一杯いる中でも、興奮し過ぎねぇようにこなせなきゃいけないんだ。」
「…成程。」
それでの公園での練習だったらしくって。以前だったら、もっと遊ぼう、遊んで遊んでと、坊やへじゃれつき過ぎる難があったのだけれども。さすがに少しは大人になったのか、ふさふさのお尻尾を千切れんばかりに振りながら、坊やの傍ら、きちんとお座りして指示を待つところは、十分に及第点なんじゃあなかろうか。
「飛距離のほうだってなかなかだったし、これは優勝が狙えるぞ。」
「わんっvv」
キングのふっかふかな毛並みをわしわしと撫でてやりながら、満面の笑みをこぼす坊やだったりし。周囲に居合わせた家族連れだのカップルだのの、女性陣をあまさず微笑ませてもいる光景だけれど、
“……………………。”
いかにも小学生らしいはしゃぎようだが、だからこそのこと、葉柱にはまだどこか違和感が拭えずにいるようで。これもまた、この子との付き合いの長さが齎した“弊害”という代物なんだろか。これも持参したバスケットを覗き込み、キングにはおやつ用にと持って来ていた荒びきソーセージ、自分へもサンドイッチの包みを取り出す坊やの、小さめの頭の傍らへと顔を寄せ、
「…で? 何がお目当てでの参加だ?」
ぼそりと訊けば。金茶の双眸キョトンと見開き、
「あれ? まだ言ってなかったか?」
もっともらしい焦らしとか何かじゃあなくて、きっと…葉柱の母やら周辺の人々には話してあったの、彼へも言ったものと早合点していたものらしく。特に慌ても焦りもしないまま、取り出したクラブハウスサンドを開きつつ、
「だあ、まずは手を拭わんか。」
「何だよ、ルイ。母ちゃんみたいだな。」
こういう折でなくとも、手洗いや消毒は忘れずに。…じゃあなくて。おしぼりにて手を拭ってる間に、サンドイッチの他にも持って来ていた、フライドチキンやコールスロー、シナモン利かせた焼きリンゴなどを並べてもらってのあらためての仕切り直し。ご満悦な坊やが口にしたのが、
「だってよ、優勝賞品が凄げぇんだぜ?」
同じテレビ局の別番組、美味職人とかいうので紹介されてた一流職人さんが、番組限定でこしらえたというこの世に1つの調理用道具を、太っ腹にも優勝者への副賞賞品にしているとかで。
「なんとっ。幻の職人さんが打ち抜いた、銅(あかがね)の特製タコ焼き器!」
あまりにいい腕の職人さんなんで、今じゃあ業務用のを注文があってからしか作ってないんだって。それでも1年待ちっていうから大したもんで、ほれ、Q街のもんじゃんタウンの“赤たこ”も、その人の作った銅版で焼いてんだぜ…と。随分な熱の入れようで説明してくださるものだから、
「……そ、そりゃあ頑張んねぇとな。」
なあなあ凄いだろ、なあと、こっちへ身を乗り出すほどというのが珍しいことでたじろいだのと。それからそれから、意外や意外 たいそうアナログなものが目当てだったのが…心底 驚きだった葉柱で。てっきり高価な先進の電子機器とかだろかなんて思っていた彼だったので、その落差が大きすぎ、ちょこっと固まってしまったのを“なあ聞いてる?”と詰め寄られてしまったのだけれども。
『先進の電子機器とかなら、
高見せんせいに幾らでも融通つけてもらえるヨウちゃんだから、それはないな』
のちに桜庭からそんな風に言われて納得したというのも、今はさておき。葉柱さんチのコックさん特製、ランチ・バスケットを堪能し、ブランケットにくるまれてのちょっとだけ食休めをしてからのさて。
「よっし、もう少しだけ練習するぞ、キングっ。」
「あうっvv」
彼なりに真剣本気であるらしいチャレンジなのなら、まま、こちらも応援するのは やぶさかじゃあない。勢いよく抜け出した後へ、抜け殻みたいに置き去られたブランケット、お付きの執事さんよろしく甲斐甲斐しくも畳みつつ、頑張っておいでと送り出した葉柱だったのだけれども。
ほんの少しほど傾斜のある広場は、その周囲全部が開けていた訳じゃあなくて。陽盛りの頃合いには天然の天蓋になるようにという配慮か、桜とそれから、そうそう背が高くならぬよう毎年の剪定で工夫をしているスズカケやニセアカシアなどという木立がある。春の花見は勿論のこと、新緑まぶしい今時分以降、ここでピクニックのようにお弁当を広げて楽しむ家族連れも多い、言ってみれば憩いのスポットでもあり。そんな人々が三々五々広がって歓談しているその真ん中で、ディスクを投げても迷惑にならないほどの広々した原っぱで。そこで坊やが放っていた、下ろしたてらしい綺麗な純白の丸ぁるいディスク。小さなシェルティくんの体格には、それほど大きすぎる径のそれじゃあなかったはずで、今までもしっかと咥えて戻って来る、昔流に言う“持って来い”がきっちり出来ていたはずだのに。それが…投げたディスクが風にあおられでもしたのか、真っ直ぐじゃあない駆けようになり。坊やがいた側からは遠い奥向き、対面にあたる位置のサツキだろう茂みへと、ばすんと勢いよく突っ込まんとしていると気がついた。
「キング!」
ありゃりゃ、コントロールが狂ったかな、アメフトボールなら こゆことはないんだがと。坊やの方もたかたかと、広っぱを横切っての駆けてゆく。そこに誰かがいたならば、一応は謝っておかないと。キングがどこの犬かを知っての、あとあとで逆ねじ食らわすような事態になったら剣呑だし…なんてな方向で、揉めるのは堪忍と思うところが、やはりやはり子供とは思えない判断であり。しなやかな肢体は運動能力も秘めていて、あっと言う間に駆けつけられたはよかったが、
「……え?」
そちらは、この広い運動公園の奥向きでもあるがため、手前側の斜面に陣取るのが普通で、実をいや こっち側はあんまり人は立ち入らない場所でもあって。だからこそこの方向でディスクを投げてもいた坊や。そんな彼が駆け込んだ茂み…を根方へ従えた、そちらも若葉萌えつつあるニセアカシアの木立の中。なかなか出て来なかったのは、ディスクをどこかに引っかけて あややどしよかと困っているからじゃあないかと案じてた、当のシェルティくんが居るこた居たが。
「あ……。」
その小さなシェルティくんを、懐ろの中へと横抱きにし。スポーツ選手が遠征などの移動で使いそうな、それは大きなドラムバッグへと、無理から入れてしまおうとしている知らないおじさんの図へ、真っ向からぶつかってしまったものだから。
「…。」
気が動転したか、一瞬だけ一時停止状態になった坊やだったものの。すぐさま再起動が働くところは素晴らしく。その一番最初に手掛けたのが…よい子は絶対に真似しちゃいけない、そんな怪しいおじさん目がけ、ジャンプ一番 飛び掛かりつつ、
「ルイ〜〜〜〜〜、攫われるうぅ〜〜〜〜っ!!!」
最初から見ておれば“おいおい立場が逆だろう”との、要らぬ物言いしたくなるようなところだが。これが一番効果的だというのは…坊やでなくとも重々理解の及ぶこと。それが証拠に、
「ぬあぁにぃ〜〜〜〜いっ!!!!」
クールポコにあらず。(おいおい) よく通るボーイソプラノが、広場の端から端まで貫いたのの、語尾の余韻が消える間もなく。手荷物であるバスケットのお守りをしていた、こちらはアイボリーの春向けジャンパーにカーゴパンツという動きやすい姿だった黒髪のお兄様。すっくと立ち上がるととんでもなく長身だった、そのシャープな肢体を躍らせて。関東でも屈指のラインバックという名に恥じない、途轍もない俊敏さと素早さを発揮しての疾走で、目的地までかかった時間は ほんの瞬き幾つ分だったろか。そのまま ばっさーっと飛び込んだ先の木立では、さっきまでは天使のお遊戯もかくやとばかり、ふわふわな仔犬と優雅に戯れていた坊やが…どこにそんなものを隠し持っていたのやら、自転車やバイクの荷台へ荷物をくくりつけるのに使う、堅いゴムの入ったロープでもって、怪しい人物の手や腕、足首へと闇雲に引っかけての動きを封じている真っ最中。そんな坊やの果敢な攻撃で、思わず緩んだ手から抜け出せたのだろ、本来攫われかかってたキングまでもが加勢に回り、鼻の頭へしわを寄せ、ヴ〜〜〜〜っと低く唸っては、威嚇に吠えたり咬みついたり。
「…攫われそうなのはどっちだ。」
いやまさか、その怪しい人と坊やのどっちなのかと訊いた、葉柱さんじゃあなかったんでしょうけれど。そりゃあ勇ましい暴れっぷりに、自分の手は要らないじゃね?と感じたほどのお兄さんの声へ、
「キングだ、キング。
このおっさん、キングをカバンに詰めようとしてやがってよっ。」
か弱い小動物に何しやがると、そんな雄叫び上げての飛び掛かった坊やだったらしくって。それを聞いた葉柱さんはといや、
「そうか〜〜。」
はあ、坊やじゃなくって良かった良かったと、胸を撫で下ろしつつ長い吐息をついたのも束の間。
「…いや、良くはねぇか。」
やっとのことで我に返り、坊やの手からロープを預かると、長い腕やら屈強な体つきを生かしての、彼に代わって怪しい男を縛り上げ、警察を呼んでの引っ立ててってもらった一幕だったそうである。
◇◇◇◇
その後、警察で取り調べを受けた怪しいおじさんは、最初の内は知らぬ存ぜぬ、いきなり飛び掛かられたこっちが被害者だとまで言って憚らなかったらしかったけれど。持っていた携帯電話の通信記録から、仲間らしい面子がぞろぞろと捕まり、そんな彼らのアジトには、やはり高級そうな小型犬たちがたんと押し込められていたので、組織立った犯罪だったことがあっさりと発覚。
「毛並みのいい子を盗んじゃあ、
いいかげんな血統書つけてネットで高値で売ってたグループの、
商品捕獲担当だったんだって。」
不景気でもペット産業は廃れないし、ブリーダーやるよか確実だとか何とか言って、十人近いグループで、注文取りから配送まで手掛けてたらしくてさ、と。新聞の地方欄に小さく載ってた以上の詳細、憤懣まるけなお顔でもって並べ立ててた妖一くんで。
「そもそもさ、
ペットを怪我させたりするのだって“器物破損”扱いなのは どうかだよな。」
人扱いはできないって理屈も判らんではないけれど。被害者感情を押し出して論じちゃいけないことならしいという法曹界に於ける難しいポイントも、ちゃんと知ってはいる坊やだけれども。それでもなぁと、柔らかそうな頬をぷくりと膨らませ、三角座りにしたお膝へキングの頭を乗っけてやって、
「こぉ〜んな可愛い子のこと、
そこらの家具や壁なんかと同じ扱いされんのは、やっぱヤだよなぁ。」
毛並みをわしゃわしゃ散らばらせ、想いよ届けと撫でる坊やへ、物言えぬ わんこの方でも“きゅ〜ん”と切なげに鳴いたのが、いかにも同調しているかのようで。小さな命のささやかな温み、いい子いい子と撫で続ける横顔の、ああ本当は素直ないい子だと思わせる神妙さへと。こちらさんも目元を細め、ほのぼのとしていた葉柱のお兄さんだったのだけれども。
【 エントリーナンバー、41番。蛭魔妖一くんとシェルティのキングちゃん。】
そんな呼び出しの放送が流れると、たちまちにして表情一変。よっしキング、出陣だぞと。待ち合いの広場から立ち上がっての、リードとディスクを手に競技用の広場へ出てゆく小さな二人。あんな騒ぎがあったってのに、それがどうしたとしっかり大会に参加している彼らでもあり。
『まあ、そういう強心臓なところは今更ですし。』
『そうそう。』
『お手柄小学生って記事になったのも、もう何度目かってほどの子なんだ、
しゃあしゃあとした態度でいても怪しまれたりはしないさね。』
特に異論はないままな周囲だってのも、問題なんじゃあなかろうかと思いつつ。明るい陽射しに照らされた芝草の上、意気揚々と出て来た坊やへの拍手が降る中、ああやっぱり可愛いな、赤いゼッケンが映えてまあと、そんな呑気な感慨が出ているあたり、葉柱さんだとていい勝負だと思うのですが。
「よ〜し、キング行けっ!!」
「あぅんっ!」
良く晴れた青空の下、風に乗って流れるように飛んだディスクへ、わっと華やいだ歓声が上がる長閑な休日。楽しい一日過ごしてくださいねと、広場の外れでマーガレットの白い花が揺れていたそうですよ。
〜どさくさ・どっとはらい〜 09.04.28.
*GW突入ということで、
ちょっとお久し振りの坊やと葉柱さんのお話でしたが。
きっとキングは優勝を果たしての、
賞金とか楯やトロフィーそっちのけで、
今宵はタコ焼きパーティーになってること請け合いでしょねvv
きっちりと準備万端、
坊やは焼くのだけへ専念してもらってという態勢で、
あんまり取っ散らかさぬよう、楽しんでほしいもんです、はい。(苦笑)
めーるふぉーむvv


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